青木 雄亮 初段(静岡竜南道場所属)
〜2007年12月02日取得〜


「黒帯に向かって」


 小学校4年生の8月に親に連れられ極真空手に入門しました。始めた頃は親に無理矢理やらされていました。
 しかし、帯が上がっていくにつれて空手が面白くなり、『黒帯になりたい』という気持ちも大きくなり小学校から中学、高校、大学と続けてこれました。
これは海野先生をはじめ、多くの先輩方や道場生の皆様、ご父兄の方々、そして両親が居たからここまで続けてこれたのだと思います。
 高校3年生の時に先輩から「黒帯になりたいか?」と聞かれ「押忍。なりたいです。」ともちろん答えました。まずは型の審査に合格しなければならないので、 型を中心に稽古しました。しかし、型の審査は3回落ち、先生や先輩から「型は上手い下手ではない。気持ちだ。」など色々アドバイスを頂き、 「次、受からなかったら後はない」と自分に言い聞かせて今までとは違った気持ちで稽古しました。
 そして4回目の審査会、今までの3回の審査とは違い、落ち着いて型に臨む事ができ、気持ちも一発で相手を倒すという気持ちでやりました。
 最後にやった安三の型で大石師範が「もういいですか?」と先生方に仰っている時、「もっと型をやらせてほしい」と思っている自分がいました。
 その日の夜、海野先生からのお電話で型に受かった事を教えて頂き、とても嬉しかったです。
 そして、いよいよ十人組手に向けて自分との戦いが始まりました。十人は数ではなく、その時に出て来るもう一人の自分との戦いです。
もう一人の自分に打ち克たなければ、何人とやっても無意味になってしまいます。その事を頭に入れ、稽古しました。
 はじめは、基礎体力と身体づくりをしました。
しかし、思う様に体重が増えませんでした。学校の授業で身体の造りや筋肉についてなどの科目も取り、自分で色々勉強し、海野先生からもアドバイスを頂き、 少しずつ体重を増やす事が出来ました。
組手も海野先生、先輩方、道場生の方々に手伝って頂き、段々動ける様になりました。
 審査会一ヶ月前から稽古中に十人組手をやらせていただきました。
初めは、相手に背を向けてしまう自分に、先生から「相手に背を向けたらそこで終わり」とご指導頂きました。
次の稽古から、「相手から絶対に目をはなさない」「倒されても、相手にしがみついてでも喰らいつく」「気持ちは絶対に引かない」という言葉を言い聞かせ稽古に臨みました。
 審査会が近付くにつれて、緊張したり、不安になったり、逃げ出したくなりました。
その度に、「ここで逃げ出したら、今まで稽古に付き合ってくれた先生、先輩、道場生に顔向けできない。絶対逃げてはいけない。」と言い聞かせました。
特に審査会前日は、海野先生が体調を崩されたと聞き、余計に不安になりました。
しかし、「ここまで来たらやるしかない」「今まで出来る事はやったから大丈夫だ」と言い聞かせてました。
 審査会当日、審査会場に行く車の中、会場に着いてからはもっと不安になりました。
しかし、ご父兄の方や道場生に「頑張って」と言われる度にその不安は薄くなっていきました。
審査会が進むにつれて頭の中が十人組手の事だけになり、一般の審査が始まって型が終わるともう頭の中は十人組手の事でいっぱいになりました。
一般の方の組手が終わり、いよいよ十人組手です。十人組手は自分を含め3人で、最後にやる事になりました。
一人目が終わり、二人目の方の途中で海野先生に挨拶をして、「頑張れ」狩野先輩からは「お前が倒されたら俺が代わりに行ってやる。」と言われ不安が吹っ飛び勇気が出ました。
そして、二人目の方が終わり、会場に居た半分以上が自分のセコンドに移動したのを見てびっくりしました。
「やるしかない」「全力を出す」と吹っ切る事ができました。また、先生に宛てた年賀状で「最後の十人目のラストまでラッシュできる様に頑張る」と言う事を誓いました。そしてその誓いを 何度も何度も自分に言い聞かせました。
 そして、十人組手が始まりました。
一人目の相手は動きが早く、パンチが強かったのを覚えています。二人目からは頭が真っ白になり、自分が動けているのか、どんな技を出したのかわかりませんでした。しかし、辛くなると後ろから大きな応援、 主審をしてくださった海野先生から『力』を頂き、十人を戦い抜く事が出来ました。
自分の中では十人を全力で出来たと思います。終わってからは、今までの稽古が頭に出てきて自分もやれば出来るという自信がつきました。このことを他の場面でも活かせるよう頑張りたいと思います。

 次の稽古で審査会の結果発表がありました。
そこで、自分が今まで逃げて来た事やまだ黒帯になるために足りないモノがあり、黒帯にはなれませんでした。
そして、今まで先生や先輩から『後輩の指導』『道場を運営していく上で必要な仕事』などのことを自分がやってこなかった事があると分かりました。しかし、言われても9月になるまで自分では「行かなくては」と 思ってはいてもなかなか行動に移す事が出来ませんでした。
「今の自分があるのは海野先生や先輩方が居て、教えて頂いて今の自分がある。そしてこれからは自分が後輩に教えなければ黒帯になれても誰も付いて来ない。」と9月からは少年部にも出る様になり、初めは「面倒くさい」と 思っていましたが、自分が教えた子供達が段々上手くなっていくのを見て楽しくなって来ました。

 そして、冬の審査会で繁田さんと宮崎さんの十人組手がありました。
自分の時にされて嬉しかった事、助かった事で自分が出来る事はしようと思い、稽古を手伝わせてもらいました。
当日は自分の出せるだけの声で応援をする事が出来ました。とてもいい十人組手だったと思いました。
 審査会の後の稽古の日、審査会の発表がありました。
繁田さんと宮崎さんは見事昇段。
そして、自分の名前が呼ばれた。この時、なぜ呼ばれたのか全くわかりませんでした。
先生から「青木も初段に」と言われ、びっくりしました。

その日は信じられなくて、夢なんじゃないかと思い実感がありませんでした。しかし、日が経つにつれて実感が出て来ました。
これからは、極真の黒帯として恥じないよう、道場を引っ張って行けるように精進していきます。

 最後に、昇段をお許ししてくださった大石主席師範をはじめ、海野先生、先輩方ありがとうございました。
また、応援してくださった道場生の皆様、ご父兄の皆様、本当にありがとうございました。

押 忍