戸塚 修 初段(静岡南道場)
〜2008年12月7日取得〜


 押忍、今回黒帯を締めさせて頂ける事になりました戸塚 修です。
 普段書き物をしないので拙い文になりますが書かせて頂きます。

 まず、最初に空手を始めた理由ですが「気弱な自分を変えたい」という想いからです。
当時、人間関係が上手く行かず「これを変えるには『空手』しかない。」と勝手に思い込んでいました。
ただ、イザ始めるとなると二の足を踏んでしまっているウジウジした自分がいました。
 そんな時、「極真カラテ・生徒募集」の広告が入り、そこには柴田自由先生(当時)と橘直人先輩(当時)の写真が掲載されていました。その時の、先生方の姿が凄くカッコいいと思い、入門を決意し、すぐに連絡を入れました。

 始めて稽古に参加した時は、もう散々で、準備体操だけで息が上がり、稽古が終わる頃には死にそうでした。でも先生方は顔色一つ変えずに普通にしている姿を見て「さすが黒帯だ。」と妙に感心していました。 ただ、稽古後の爽快感は今までには味わったことの無い感覚でした。

 それからは、仕事や家庭との両立で「ナメクジ」並みの歩みでしたが10年掛かってやっとここまで来ました。途中、家庭や仕事を言い訳にして何度か足が遠退きましたが、復帰した時には、その度に何も言わず稽古を付けてくれる先生方には本当に頭が下がる思いでした。
 気付けば、自由先生や橘先輩だけでなく、他の道場の先生方や先輩方、さらには少年部道場生の親御さんたちとも仲良くなり、自分にとってとても大切な仲間が自然と生まれてきました。 こういった多くの皆さんが知らないうちに自分に力をくれたのだとも思います。

 歩みの遅すぎる自分でしたが、平成20年12月7日に「10人組手」に挑める事になりました。
しかし、正直自分には受審する資格があるのだろうか?と思っていました。
 静岡南道場には「福田」「橋本」「江藤」「栗原」の4名の黒帯がいます。(敬称略)
その方々と自分を比べれば、空手に対する姿勢がまだまだ足りないのではないか?と思っていました。
特に、橋本初段は自分よりも10歳以上も若いのに普段の、その努力には脱帽しています。
そしてまたしても、自分から受審したいと言いながら、ここでもまた二の足を踏んでしまいました。
そんな時、橋本初段に「戸塚先輩、本当に受ける気持ちはあるのですか?」と発破を掛けられやっと踏ん切りが付きました。

正直に言えば、審査に向けては充分な稽古が出来たとはいえませんでした。
しかし、それでも、自分のために時間を取って、審査稽古に付き合ってくれた皆さんのおかげで気持ちは盛り上がって来ていました。
栗原さんなどは出張帰りで遅い時間になっているにもかかわらず組手稽古の相手をしてくれました。

いよいよ、審査当日になりました。
1級に合格してから5年が経過していましたので久しぶりの審査会となり、かなり緊張していました。
初めて白帯で受審した時や、黄帯のときに主席師範の目の前で緊張しすぎて型を忘れた事、緑帯の時は受けた緑帯全員が誉められた事など、いろいろと思い出しました。

主席師範から名前を呼ばれ、いよいよ組手が始まりました。
自分のペースを維持することを意識していましたが、ここで又も応援の橋本初段の檄に押され、積極的に攻撃したため1人目から息が上がり、その後は何とか感とか戦っていたというイメージしか残っていません。 ただ、残り3人、8人目の「対戦相手、前田さん前へ・・」の声で「今から前田さんの突き蹴りを受けるのか?」と心がしぼみ、9人目の「栗原さん出て・・」の主席師範の声で心が折れました。(情けないです。) 10人目の橘先生にはもうボコボコにされましたが、休みの日に特別に稽古を付けて頂いた事が頭をよぎり、手が出なくなった時に「コイッ!」と檄を頂いたおかげで叫びながら上段を出したのを覚えています。
「ヤメッ!」の自由先生の掛け声の後、自然と涙がこぼれてきました。
橘先生も目に涙を溜めておられ、握手と同時に抱き合いました。自分の人生の中でここまで必死になって事を成したことは初めてだと、この文を書いていてそう思っています。

10人組手を行わせていただき感じた事は、「もう、こんな事はやりたくない」という思いと、「やってよかった。」という思いが一つになっている感じです。これは、やった人にしか分らない物だと思います。

書きたい事はまだまだありますが最後に自分の極真空手に対する感想をまとめて終わりにしたいと思います。
自分は極真空手をやって本当に良かったと思っています。
特に黒帯を頂き、締めさせていただいてからは、上手くは言えませんが、大山総裁から始まった極真空手の歴史が自分にも詰まっているような気がしています。
それから、極真空手の素晴らしいところはキャパシティの大きさと選択肢の多様さだと思います。
強さを求めるなら選手権大会が世界まで繋がっているし、日々の体力作りならそれで良し、そういった物すべてが一つの「極真」として同じ物だという所です。

偉そうな事を書いておきながら自分の極真空手に関わる姿勢はあまり代わり映えがないと言われるかもしれません。しかし、自分の中の人生の姿勢は変化しました。これからは気持ちも新たに精進します。
大石代悟主席師範をはじめとする多くの皆様にお礼を申し上げましてペンを置きます。

押 忍