柴田 聡 四段(羽鳥道場)
〜2017年03月05日取得〜


 「大石道場の普及発展に向けて」

 私が大石道場に入門したのは、平成元年(高校1年生)の夏のことでした。
 小学校低学年からサッカーを続けていたこともあり、高校の部活動を引退してから入門しようと考えておりましたが、高校へ入学をして一度はサッカー部に入部したものの 小学生時代からずっと胸の内に思っていた強さへの憧れが段々と膨れ上がり、高校の部活を引退するまでとても待てない心境になりました。サッカーを辞めて極真空手に入門したいことを両親に打ち明けたところ、「サッカーも続けられない人間が、相当過酷な極真空手を続けられる訳がない!」と、大反対をされ、その後何度相談を持ち掛けても話すら聞いてもらえない状況であった為、自分でお金を稼いでから入門することを決意し、即座に部活動を辞め、アルバイトを行ったお金で両親には無断で入門をしました。
 毎月の月謝はアルバイト代から納め、稽古後には毎回コインランドリーへ寄り、道着を洗濯機と乾燥機にかけ、終わるまでの間は基本や型を思い出しながら行い、過ごしておりました。帰宅後はすぐに道着の入った袋を押入れの奥に隠し、両親の前ではあたかも遊びに行って帰って来たかのような顔をしておりました。
 入門当初、白帯は組手は行えず、早く組手を行いたくてうずうずしておりましたが、審査を受け帯に色が付いてから初めて行わせていただいた先輩との組手では直ぐに伸ばされてしまい、その瞬間に好奇心からとてつもない恐怖心へと移り変わり、稽古へ行くのが怖くなり、強くなる為には相当な努力をしないといけないことを思い知らされました。 多数の大会に出場をすることで、出直しやり直しを何度も繰り返し、幾多の悔しさを味わいまし。
 
高校卒業後の平成4年11月に初段を取得し、平成12年7月に弐段を取得した後、平成15年6月に羽鳥道場を任せていただくことになりました。それまでは自分自身が強くなる事だけしか考えておりませんでしたが、道場で指導を行わせていただくことで、極真空手を格闘技というものから武道という認識へと変わりました。
 自分自身が子の親となり指導者となった以上、道場内だけでなく、私生活においても後に続く人達の模範となる為に自分自身を正し実行していかないといけないことを強く感じました。
 平成19年12月に参段を取得させていただいた後、仕事において転機を迎え新たな挑戦をする中で、大変厳しい状況に陥りながらも乗り越えてこられたのは、極真魂 武道精神のおかげだと実感しております。 近年の学生社会においては、長上を敬する心、慈悲の心、言葉遣い、返事、挨拶、ができない子供達が多いと感じます。極真空手という素晴らしい武道を通じ道場内だけでなく、実社会において実践でき、規範意識を持ちながら義理人情を大切とした人間へと育成ができるよう心掛けをすると共に大石道場の普及発展に務めて参ります。
 今回の公認審査において四段を取得させていただきまして、ありがとうございます。 これからも前を見据え、自分自身の稽古を怠らず次なるステップへ向けて精進して参ります。 大石代悟範士、師範、先生方これからも御指導の程、宜しくお願い致します。

 押忍