橘 直人 四段(大石道場職員)
〜2011年3月06日取得〜


 この度、昇段審査受審の機会を与えて下さいました、大石代悟主席師範に御礼申し上げます。また、多岐に亘るご指導・ご鞭撻をいただいた師範方、先生方、先輩方にも御礼申し上げます。

 極真空手の段位が上がるという事は、並大抵の事ではありません。単に、基本をやった、型を知っている、連続組手をやった。それだけで良いのではないと思います。基本稽古から始まり、移動稽古、全種類の型、補強、連続組手を通して、受審者の空手人生・人となり、年輪の様な物が醸し出されないとならないと思います(もちろん、それぞれに、段位に見合った習熟度や鍛錬度が問われるのは言うまでもありません)。
 今回の公認審査において、年齢こそは一番上ではありませんでしたが、段位では自分が一番上の受審者でした。すると当然、基本や移動や型、補強運動においては、自分が一番全力を尽くして、現在参段位として『先生』と呼ばれる者としての責任を果たさねばなりません。もちろん、連続組手においても同様です。キツそうな顔をして、苦しそうな顔をして、ヘロヘロになりながら「とりあえずこなす」だけの連続組手なら、言い方は悪いですが誰でも出来ると思います。そんな、「やっただけ」の連続組手をもしも自分がしてしまったら、今回受審した公認審査会を台無しにしてしまうばかりではなく、一緒に受けた受審者達の帯の価値も下げてしまいます。極真空手の黒帯の価値を下げてしまいます。大石主席師範に、審査数日後にお話しいただいた際に、『(最後に行った)橘の連続組手がどうしょうもないものだったら、審査会もダメになったし、大会自体も成り立っていなかった』と言われました(当時は、第1回全日本型大会・第2回東日本大会の準備の真っ最中でした)。自分としては、自分なりに全力を尽くしただけでしたが、大石主席師範にその様に言葉を掛けていただいて、改めて昇段に挑戦する事の重さを感じました。そして、合格の言葉を頂いた時には、「少なくとも、極真空手の黒帯の価値を下げはしなかった」と安堵しました。

 今回の審査に際して、根詰めて準備をした、という感覚はありませんでした。言い訳ではないですが、前記の両大会の準備や、それに向けた道場生への指導で、自身の為だけの稽古は殆どやっていませんでした。ただ、普段の指導においてより一層の気持ちを込めて動いたのと、柴田師範に懇願し、静岡南道場を拝借して、戸塚さんや林さん(共に、静岡南道場生)に日曜日に付きあってもらって稽古をしたくらいです。大石主席師範からは、『忙しく時間も取れないだろうから、詰め込みではなく、特に普段からの少しずつの積み重ねを怠らないように』とのアドバイスをいただいておりましたので、まさしくその様にしました。そして、審査の後は、自分なりに課していた物はなんとかクリア出来ていたのではないかとは、思いました。

しかし、大きく反省する所もありました。連続組手の最中、如何なる時も、挨拶や待っている時の姿勢は崩れない様に心掛けていました。突き蹴りの強さや上手さだけではなく、動いていない時も強さを見せなければならないですし、そういう所で発揮出来てこその総合的な(心身の)強さだと考えていたからです。40人目の橋本君と向かい合う時までは、『何が何でも下は向くか。不動立ちの時に手を下げるか。しっかり正面を見て十字を切るぞ。そして、何があっても最初の一歩は相手に向かって行く。前に踏み出す』と思っていました。しかし、終了した途端に、それまでは動いていたはずの手や上体が、全く動かなくなりました。「終わった」という安堵感から、実際はまだ審査は終わっていないにも関わらず、勝手に気が抜けてしまったのです。40人が終わったその時まさに、我慢出来ず下を向いて一瞬、ヒザに手を付きそうになり、崩れかけました。ほんの1分前には、維持出来た姿勢が出来ませんでした。「あぁ、ここまでやってきたのに、最後に崩れたなぁ。やはり、気持が体を動かすのだなぁ」と、思いました。普段、道場生には厳しく言っている部分であるだけに、一番の反省点として残りました。

いろいろな環境・状況で挑んだ今回の審査は、全力は出せたか、と思う反面、その様に反省する所もありました。審査を通して、多くの人に自身のありのままの姿を見せ、稽古の成果を知り・良い所も悪い所も知り・また翌日からの新しい稽古に活かしていく。大石主席師範が普段言われている事を、改めて身を以て知った審査会でした。

新たな段位となって、その帯に恥じる事・臆する事無いように、更に精進を続けていきたいと思います。

押 忍