極真会館 太田道場(岐阜)
大窪 玄栄


 二人の息子に、少しでも芯のある人間になって欲しいという思いで、共に入門しました。44才でした。
息子たちは4年ほどで退会してしまいましたが、自分だけは、何とか続けて9年余りになります。
 ここまで続けて来られたのは、日々の稽古での緊張感と達成感だと思います。
 「やめよう」と思ったことは何度かありましたが、生活の一部となっている空手がなくなったら、この充実感は味わえなくなる。その穴を埋めることが出来るだろうか、という不安の方が強かった様な気がします。
 太田先生から、昇段審査を受けるように言われたときは、与えられたチャンスを喜ぶと同時に、修行歴が長い、若くて、強い先輩より先に受審する資格があるだろうか、と自問しました。
 スタミナに全く自信のない自分は、審査に向かって週4回の稽古を目標にしました。自主稽古ではすぐに妥協してしまう自分には、先生の見ている前で目一杯稽古するしかないと思っていました。稽古に行けない日は、補強、から蹴り、型等を欠かさず行いました。腰と膝に不安を抱えているので自分の体と相談しながらのトレーニングでした。無理をし過ぎてはいけないけど、無理をしなければ達成できない。そんな思いの日々でした。
 審査当日は、準備運動の時から体に力が入らず、いつもと全く違う感覚でした。緊張のせいだと思っていましたが、最後までそのままでした。型、補強のあたりでは貧血を起こしそうになりました。これでは10人組手はもたないかな、と一瞬思いました。何とか気を取り直して挑戦しましたが、4人目くらいから全く動けなくなりました。それからはほとんど記憶がなく、「後3人です」という声で我に返ったような気がします。自分では、経験したことのない苦しさの中で無我夢中でした。見ている人には腑甲斐ない姿に映ったかと思います。
 1週間後の6月7日、8日と大石道場の上級者合宿に参加させていただきました。
そこで貴重な時間を割いて型の審査をしていただきました。
大石主席師範をはじめ、大勢の諸先輩の前での型は、とてつもない緊張を覚えました。
自分では精一杯やったつもりですが、師範、諸先生、諸先輩の型を拝見して、自分はただ順番を覚えただけなんだ、ということを痛感しています。
 2月の公認昇段審査会で、太田先生の応援に行った時の事です。そこで何人もの自分より年上の人が自分の想像を超えたところでがんばっている姿を拝見しました。それまで、太田先生の生徒の中では最年長である自分は「年齢の割にはがんばっているんじゃないかな」と、勝手に思いこんでいました。それがとんでもない思い上がりであることに気づかされました。勘違いしていた自分がとても恥かしいです。何年か前に知った「養愚」という言葉を思い出しました。生きていくことは「何も判っていない自分」に気がつくこと。いつも愚か者であるようにと周りを見つめることなのだと思います。勘違いを気づかせていただいたことに感謝したいと思います。
 太田先生から合格の知らせを受けた時には、ホッとすると同時に、これを最終目標にしてしまってはいけない。と気持ちを引き締めました。
 山中湖での上級者合宿で指導、審査していただいた大石主席師範をはじめ、渡辺知治先生、諸先輩方、ありがとうございました。憧れで雲の上の存在であった大石師範に審査していただいたことは、本当に夢のようです。
 また、審査を許可してくださった太田先生に感謝申し上げます。対戦してくれた道場生、応援して下さった皆さん、ありがとうございました。
 これからは、太田先生のお手伝いをしながら、年齢を言い訳にしないで精進します。

押 忍