榎本 吉宏 初段(岐阜 太田道場)
〜2010年12月12日取得〜

 自分が極真空手に入門したのは2001年の秋、もうすぐ27歳になる頃でした。 いつもよく遊んでいた高校時代からの友人に誘われたのがきっかけです。 自分は23歳の時、事故で右腕を失っていました。それ以来、肉体的コンプレックスが常にありましたので、空手をやって強くなれば自信もつくだろうと思い、入門する事にしました。
しかし最初は極真空手がどうゆう流派とかもよく知りませんでした。30歳まではとにかく頑張ろう、3年あれば黒帯になって…などと甘い考えでいました。実際はその3倍の9年以上かかる事になるとも知らずに…。
 始めてみると稽古は思った以上に苦しいものでした。そして現実は厳しく、3年で黒帯なんてとても無理だと分かりました。社会人になってからほとんど運動していなかった自分にはとても辛く、稽古の日は朝から憂鬱な日もありました。でも稽古が終わると日常に無い充実感がありました。やがて道場生の皆さんと打ち解けていき、楽しいと感じる場面も増えていきました。
 自分が空手を続ける中で一番苦労したのはやはり組手でした。初めての試合では一方的にぶちのめされ、散々な目に遭いました。どうしても手数で勝てず、どうゆう組手をすればいいのかよく悩みました。口に出して言い訳はしないように心掛けていたものの、内心は右手さえあれば…と思う事が何度もありました。自分はそんなに出来た人間ではないので、そうでも思わなければやってこれませんでしたが、その右手があったらそもそも空手はやっていなっかたと思います。組手の稽古は自分にとっていつも恐いものでしたが、やめようとは思いませんでした。痛みを受けるのは悔しい、それから逃げたと思われるのはもっと悔しいと思っていました。自分は学生時代、勉強も運動もできるほうではありませんでした。そして情けない事に負けても悔しいと思う事がありませんでした。しかし空手は直接痛みを伴います。攻められると頭にきて、悔しいと思います。その悔しいと思う感情が今日まで続けてこれた理由でもあります。
 結局、30歳になっても黄帯を締めていたある時、衝撃的な事が起こりました。 それは一歳違いの弟の死です。彼は運動をしていなかった自分とは違い、中学生の頃からボクシングを始めてずっと続けており、社会人になってからも国体に出場して入賞したりしていました。それでも決して威張る事無く誰に対しても優しい人間で、父親の経営する会社で一緒に働いていた事もあって常に身近な存在でした。そんな弟が亡くなったのはとてつもない悲しみでした。でもその頃から自分は弟の分まで頑張って強く生きなければいけないと思うようになり、空手に対する姿勢も変わっていきました。稽古で苦しい時、試合などで緊張している時、いつも弟の事を思い出します。そして弟の苦しみに比べたらまだまだだろうと思うのです。
 やがて32歳で茶帯になり、ここまできたら意地でも黒帯になりたいと意識しはじめましたが、黒帯はとてもまだ遠すぎて見えない感じでした。茶帯になってからは型にも重点を置きました。自分の場合、組手は言い訳できたとしても、型は全く言い訳できないと思ったからです。そんな時、上級者合宿に参加する機会をいただき、 大石最高師範から型の指導を直接していただいた事はとても幸運だと思いました。
組手は相変わらず苦手でしたが、上級者の試合にも出場しました。上級者の試合は見ているだけで大変恐ろしく、出場を決意するまでに時間がかかりましたが、黒帯になろうとする人間が避けては通れないと思い挑戦しました。何試合か出場しても勝つ事は難しかったですが、試合に向かって普段よりかなりきつい稽古をした事で、自分の組手が少しずつ見えてきた気がします。そして茶帯取得から3年半が経ち、念願の昇段審査を受ける事を許されました。早く黒帯になりたいと思って稽古してきましたが、その時になると、はたして自分が受けていいのかという不安もありました。でも入門した時からずっと夢見てきた事でしたので大変嬉しい気持ちで臨みました。 自分でもよくここまで諦めなかったと思います。
 2010年12月12日、ついに昇段審査の日を迎えました。 審査は緊張の中、無我夢中で全力を尽くしました。そして10人組手で自分の弱さを再認識しました。昇段しても決して驕ってはいけないとたたき込まれる儀式のように感じました。 そしてなんとか最後まで終える事ができました。
 昇段審査を終えて思う事は、自分は本当にいろんな部分で恵まれていたと思います。  人にはそれぞれいろんな環境や状況の変化があり、その中で空手を長年続けるというのは容易ではありません。自分よりはるかに頑張っていた人や強かった人が、それぞれの事情で道場を去っていくのを見てきました。自分の会社は自営業で昨今の不況は大変でありますが、自由に稽古に励めたのは両親が今も健在で頑張っていてくれたおかげだと思います。そしてなにより太田先生をはじめ、本当にすばらしい道場生の方々に巡り合えたおかげだと思います。
 最後に太田先生、今まで厳しくご指導いただき有難うございました。
それから道場生の皆さん有難うございました。本当に皆さんのおかげでここまで頑張れたと感謝しております。自分は空手を通じて多くの事を学び、いろんな経験をさせていただきました。これからも日々感謝の気持ちを忘れずに稽古に励み、そして指導できるような人間になれるよう努力していきたいと思います。

押 忍